【読書検証#5-1】小説を再読すると認知はどう変わるのか?-違和感の途中記録-

No.3「読書」

■ はじめに

久しぶりに村上春樹氏のねじまき鳥クロニクル を読み進めています。

ねじまき鳥クロニクル 第1部 泥棒かささぎ編 | 村上春樹のあらすじ・感想 – ブクログ

まだ6話時点だが、
すでに“理解する読書”とは違う感覚が生まれています。

今回は途中段階として、
現時点で起きている認知の変化を記録していきます。


■ 起きていること①:世界が壊れ始める感覚

読み始めてすぐに感じたのは、

**「パズルが壊れていくような感覚」**でした。

日常的な描写から始まるにも関わらず、
どこか整合性が取れていない印象を受けます。


■ 起きていること②:理解できない=没入につながる

加納マルタの話の順序は飛躍的で、正直理解しにくいです。

しかしその感覚は、

主人公と同じ視点に立たされている感覚にもつながっています。

理解できないことが、むしろ没入を生んでいると感じました。


■ 起きていること③:断片がつながり始める

一方で、

  • 青いネクタイ
  • 加納マルタ
  • ノモンハンの話

といった要素が少しずつつ小出しになってきています。

このつながり方は直線的ではなく、

後から意味が浮かび上がるような構造に感じられます。


■ 見えてきたこと

ここまで読んで分かったのは、

この作品は「理解するもの」ではなく、

読者の認知を揺さぶる構造を持っている可能性があるということです。

  • 理解できない状態を作る
  • 違和感を蓄積させる
  • 後から接続させる

■ 現時点の仮説

小説はストーリーを理解するものではなく、

読者の認知プロセスそのものを操作するものではないか。


■ 次の検証

このまま読み進めたとき、

  • 違和感はどう変化するのか
  • 接続はどこまで回収されるのか

引き続き観察していきます。

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