本を読んでいると、こんな感覚に陥ることがある。
一冊ごとに理解は深まっているはずなのに、知識がどこかで分断されている。
経済学は経済学、心理学は心理学、工学は工学。
それぞれが「点」として頭の中に積み上がっていく。
しかし、現実の世界はそうなっていない。
発電機から始まったエネルギーの利用は、半導体の発明によって制御され、
コンピュータによって計算され、ネットワークによって接続され、
そして今、人間の脳を模した生成AIへと至っている。
この流れの中で使われているのは、単一の学問ではない。
物理学、数学、工学、神経科学、情報科学——
本来は分かれているはずの知識が、複雑に絡み合いながら、一つの技術を形づくっている。
ここに、ひとつの違和感がある。
なぜ学問はこれほどまでに細かく分かれているのに、
現実の技術や社会は、それらを統合する形で進んでいくのか。
私はこれまで、読書を通して断片的に知識を積み上げてきた。
しかしあるとき、それらの知識が「線」としてつながる瞬間があった。
別々に学んでいたはずの内容が、ひとつの流れとして理解できたとき、
初めて世界を少し俯瞰できたような感覚があった。
おそらく、理解とは「覚えること」ではなく、
「つなぐこと」なのだと思う。
学問は本来、世界を理解するための道具である。
その過程で分野ごとに分かれてきたが、
本質的には再び接続されることで意味を持つのではないか。
むしろ、人類の進歩そのものが、
「分けること」と「つなぐこと」を繰り返してきた結果なのかもしれない。
このブログでは、その仮説を起点に、
分断された知識をつなぎ直す試みを続けていく。
特定の学問に閉じるのではなく、
テーマごとに複数の分野を横断しながら考える。
そして、それらのつながりの中から、
技術や社会、そして人間の理解にどのような見方が生まれるのかを探っていく。
扱うテーマは、意思決定、学習、社会、技術など多岐にわたるだろう。
しかし一貫しているのは、「つながり」という視点である。
知識を点のまま終わらせない。
線として捉え、やがて面として広げていく。
その過程を、ここに記録していきたいと思う。
2026年5月6日
備忘録